2008年12月02日

上町断層を歩く


 11月30日に大阪市立自然史博物館のイベント『活断層を歩くシリーズ7「上町断層」』に参加して大阪市内を歩いた。
 博物館では「地震展」という特別展を開催していて、その関連イベントのひとつだ。

上町断層

 上町断層は大阪の中心部を南北に走る活断層だ。

 活断層というとすぐ地震を連想してしまうが、それは間違いではない。
 となると、大阪の中心部に大地震を起こす断層があるのかと冷や汗が流れるかもしれない。

 しかし、幸か不幸か上町断層が一番最近にずれたのは日本の歴史が始まるはるか以前。
 本当に長い間動いていないため専門機関等の評価では、決して危険度は高くない。

 大阪を中心とする一帯は日本でも有数の活断層の巣ともいえる場所で、上町断層よりも危険とされる活断層がいくつもある。
 上町断層だけにこだわるのは、あまり意味が無い。
 むしろ上町断層よりも注意しなければならない断層がいくつもあるわけだ。

上町台地

 大阪の中心部、ちょうど谷町筋と松屋町筋の中間くらいにいくつも坂がある、すべて西から東に向かっての上り坂だ。これが上町台地の西端になる。
 そしてJR大阪環状線の西側に沿うようにゆるい坂が南北に続く。こちらは西から東に向かって下る坂だ。これが東端になる。
 このような台地が大阪南部の丘陵地帯まで続いている。  このような上町台地は、上町断層が最も最近に動いたときに基本となる姿を作り出したと考えられている。

上町台地の姿

 その上町台地の南西の端、住吉大社から生魂神社付近を目指す。
 上町台地の西端を上がったり下がったりを繰り返しながら、途中阪堺線に乗って北上した。

 上町断層がずれたのははるか昔のことで、さらに大阪平野は長い間海の底だったこともあり、上町台地は長年波に浸食され、ほとんどの場所で断層は台地の西端よりもさらに西にある。
 断層の上は平らになり、今では多くの建造物が建っているので、断層そのものを見ることはむずかしい。

 したがって、上町台地を見るのは、上町断層を直接見るのではなく、上町断層のずれた名残を見るということになる。

 しかし名残とはいえ断層のずれが作り出した地形であることは間違いない。
 実際、上町台地の断層側は周囲の地面より明らかに盛り上がっているのだ。しかも不自然なほど急激に。

住吉大社の本殿・拝殿への階段
住吉大社の本殿・拝殿への階段

台地に立つということ

 こういうことは専門の本を読めばわかることだが、実態にその場に立ってみると、まったく違う感じを受ける。
 「10mの高度差」という文字を見るのと、10mの高度差のある坂や階段を見上げ見下ろして、上ったり下ったりするのとでは、その意味の重さが変わってくる。

 スタート地点の住吉大社では2メートルあるかないかだった差が、生魂神社付近では10メートルを超えるような差になっていた。
 これも地形図や各種資料を見ればわかることだが、実際に階段や坂を上るとその1メートルと10メートルの差を実感することができる。地図や文字を見るだけでは実感できない。

 上町断層を直接見たり体験したりすることはできなかったが、その分、断層によってできた上町台地をこのように実感することは大切だと感じた。


大江神社の参道の階段
大江神社の参道の階段

危険の度合い

 繰り返すが上町断層の危険度は低く設定されている。大阪周辺で上町断層よりも危険度が高い活断層はいくつもある。
 しかし、地震を起こす危険度が低いとはいえ、実際に断層のずれが作り出した地形であることは間違いないし、今後もさらに台地を高くするようなことが起きないとは言えない。  身近にある活断層によってできた地形を実感できたことは、地震やその源となる活断層に対してより強い興味を持つころができるようになったと思う。


大きな地図で見る
上町台地と今回訪れた場所の概略地図


●参考リンク
 [防災士日誌]【上町断層
 [ようこそ大阪市立自然史博物館へ
 [天王寺-堺間を繋ぐ大阪唯一の路面電車 【阪堺電車】

posted by てくてく at 23:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 防災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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