2008年11月09日

昭文社『震災時帰宅支援マップ』とは

「防災」

 「防災」。字の通り災害を防止すること。しかし、それだけでなく、災害時にさらに災害を広めないようにすることも含まれるのではないか、と個人的には思う。 実際に防災に関する資格の一つ防災士の活動は、災害時も含まれている。
  このブログのメインテーマである「てくてく」で「防災」を扱うと、そのひとつが災害時に交通が麻痺した状態で家へ帰ることになると思う。 そのための地図が『震災時帰宅支援マップ』だ。

『震災時帰宅支援マップ』

 『震災時帰宅支援マップ』は日常的に使う機会がない地図で、タイトルの通り地震災害時に使う地図だ。
 大地震が都市を襲ったとき、交通機関が麻痺する。鉄道は止まり、道路も寸断。道路が途切れなくても、逃げる車と救助の車で大渋滞。
 そんなときに歩いて家に帰るための地図だ。
  といっても当然個人個人の家に帰る道筋が乗っているわけではなく、都心部から周辺へ延びる主要道路の地図になる。
 なら、普通の道路地図でもいいじゃないか、ということになるのだが、その道を歩くことに特化しているのが、この地図の特徴だ。

特徴1 トイレと避難場所と水

 この『震災時帰宅支援マップ』の特徴は、基本は昭文社の道路地図だが、そこに都市を歩くときに有用な情報が加えられている。
 まず、トイレの場所が載っている。さらにバリアフリートイレも区別されている。
 そして広域避難場所も載っている。災害時の避難場所なので人が集まり、物や情報も集まっているだろう。
 それから水場。人間1日くらい食べなくてもそのことで命を落とすことはめったにないと思うが、水はそうはいかない。
 もっとも、地震は水道管も破壊するので、震災時にはどれだけ役に立つかはわからないが。

特徴2 手に持つ

 次は大きさ。道路地図の多くは車で使うことを考えられているので開けばA3の大きさになる。『まっぷる』だともっと大きい。これは持って歩くにはものすごく不便で、無駄も多い。
 『震災時帰宅支援マップ』は大きさは縦はだいたいA5サイズ、横はA5の3分の2くらいという縦長で、片手に持って歩くのにはいい。
 地図のはじめは、大阪市街を区切り見開きで載っている。これは普通の道路地図と同じで、大阪市を四角い枠で区切り、右から左、上から下へと順にページごとに割り振られている。
 市街から周辺へ伸びる帰宅支援ルートまでは、通常の地図と同じように使うことになる。

特徴3 歩く

 ところが、帰宅支援ルートに入ると地図の様子が変わる。
 縮尺は同じ3万分の1。凡例も同じ。
 しかし、基本的に1ページに1ルートになり、見開き2ページで1ルート2ページ分となるので、半分に折り曲げて手に持つことになる。
 そしてページの下が大阪市街、上が目的地になる。つまり、帰宅支援ルートでは地図の上下は方角ではなく帰宅支援ルートの方向で決まる。
 北が上の地図に慣れていたのでものすごく見にくく感じたが、実際に歩いてみると、これがちょうどいい。
 常に自分が歩いていく方向に向けて地図を持てばいいのだから。北はどっちだなどと悩む必要はない。

特徴4 思い切り

 もちろん、大阪市街以外は、帰宅支援ルートとその周辺の地図しかないと言う思い切った編集なので、一般の道路地図のかわりには使えない。
 家の近所に着たら、記憶やほかの地図を頼りにしなければならないのは、欠点かもしれないが、そこまでフォローずるのは現実的ではないだろう。
 縮尺は3万分の1。一般の山歩きに使われるのが2万5千分の1の地図なので、歩くのはちょうどいい。  そして、この地図を使って実際に歩いてみたのが、【『震災時帰宅支援マップ』を歩いてみたら】だ。



防災に関していろいろと教えていただいている防災士さんのページです。
いつも参考にさせていた大でいます。
今回の記事にもいろいろとお話を参考にさせていただきました。
防災士日誌続きを読む
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2008年11月04日

『震災時帰宅支援マップ』を歩いてみたら

 『震災時帰宅支援マップ 京阪神版』震災で交通機関が麻痺したときに家に帰るための地図。
 といっても京阪神に住むすべての人の玄関までの地図というわけでもなく、大阪の中心部から周辺へ延びる主要国道の地図。といってしまえば、道路地図でもいいじゃないかということになるが、そこは歩きやすい工夫がされているわけだ。

 目的地はいくつもあるが、出発地点は梅田と難波。つまりキタとミナミ。
 そのミナミを出発して泉佐野・岸和田方面を目指してみた。国道で言うと26号線。

 といっても震災時でもなんでもないので、ただただ平地を延々と歩くだけなので歩いている様子などおもしろいはずはない。
 ということで、途中、歩きながらふと思ったことをいくつか。

上町断層帯地震


 このコースを実際に歩かなければならないのは、奈良でも京都でも和歌山でも、もちろん神戸でもなく大阪が大地震に襲われたときだろう。
 となると、真っ先に思い出すのは上町断層帯地震。
 実はこの大地震を起こす断層帯は、このコースのすぐ東を走っているのだ。

第1の危機 土


 まずは難波を出発。
 難波の周辺は、オフィスビルがいくつも建っていて、大阪の副都心と言う感じだが、このあたりは上町断層帯地震のときには液状化が激しいところと予想されている。
 となると、ビル倒壊の可能性もあるかもしれない。いきなりピンチだ。

第2の危機 火


 瓦礫の山を越えたと仮定して南を目指す。
 大国町をすぎると急に庶民的になる。ビルも小さくなり、安売りの店が増え、買い物の人通りが多くなる。
 さらに歩いて天下茶屋を過ぎたあたりから、歩いている人を見ていると大阪の下町と言う感じになる。
 ということは、付近は住宅街が多いということになり、地震のときは火災に見舞われることが十分考えられる。
 国道26号は片側2車線。火災時に「防火壁」となってくれるのだろうか。
 第2のピンチだ。

第3の危機 水


 そして住吉公園を越え、大和川。淀川に比べれば川幅は狭いが、奈良盆地に降った雨を大阪湾に流す川なので、小さい川ではない。
 もちろん、このあたりも近くに上町断層がある。これから渡る橋が落ちることもあるかもしれない。
 日本屈指の汚い川といわれる大和川だが、このあたりはおおむね川底が見えるので歩いて渡れそうだ。
 が、腹や胸くらいは川につかりそうだ。となると、携帯など水にぬらしたくないものは注意しなければならないし、阪神淡路大震災のように真冬なら体を濡らしたくない。
 火の次は水によるピンチだ。

大和川

 大和川を渡ると中小の工場街。そして堺のオフィス街。大阪の中心から離れているが、まだまだ上町断層は近くにある。ビルの倒壊と火災は続いているかもしれない。
 上町断層による地震の時には、断層に沿った被害地域の中を延々と歩いていかなければならないのだろうか。

震災時帰宅支援マップを歩いてみたら


 この日は6時間半で23キロを歩いたが、それはビルも倒れてないし家も燃えていないし橋も落ちていない普通の舗装道路を歩いてのことだ。
 江戸時代の街道の宿場は大体15キロごとくらいにあったという。当時の人はだいたい1日30キロペースで歩いたようだが、震災時の道路は一体どれくらいのペースで歩けるのだろうか。
 ただただ歩いているだけだったが、地震の時にはなかなか困難な道になるように思う。
 決してこの地図の出来が悪いわけではないが、いざというときに使うためには、何もないときに実際に歩いて道とその周辺を確認しておくことが必要な気がする。


ラベル:防災
posted by てくてく at 14:02| Comment(0) | 防災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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